「女には、自己憐憫という娯楽があるのだ」

木洩れ日に泳ぐ魚 / 恩田陸 

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トルクーヘン@大阪・京橋

上司にちょっとした嘘をついてカフェでおサボりしながら読んだ。ピスタチオのアイス美味しかったなあ...平日は空いてて快適である。

同棲解消最終日の男女が、過去の事件を解き明かしていく話で、お互い相手を疑っている。面白くて一気読みしたけど、所々、ちょっとご都合主義を感じた。
「え??今まで忘れてたん??しかも今急に思い出したん??」的な。

女は過去を断ち切ることのできる生き物。男が時代小説に仕事のヒントを求めたり、過去の女を自分の勲章のように数え上げたりしている間も、女は今と未来しか見ていない。無論、過去を引きずってしまう女もいるし、私の中にもそういう女はいる。それは否定しない。しかし、私の場合、普段はそういう女には別室にいてもらう。 彼女には、時間があってゆっくり自分を憐れみたい時のゲストとして待機していてもらい、たまにリビングに呼んで、思う存分自己憐憫に浸る。女には、自己憐憫という娯楽があるのだ。

基本楽観的に生きてるけど、時々、嫌な方向に想像力を働かせて、勝手に落ち込み、とことん悲しくなってしまうときがある。

誰にでもあると思う。

でも一日経つと、いやマイナス思考すぎるわっていう通常モードに戻る。

いい加減そういう浮き沈みにも慣れてきて、最近は、「あーマイナス思考きたーでも明日には治ってるはずやから考えるのやめよ〜」と、ぼちぼちやり過ごせるようになってきた。

上記の文章を読んだとき、この現象が思い浮かぶと同時に、

「娯楽」と呼んでいることに驚かされた。

その発想はなかった。

「娯楽」と捉えたら、たちまち気が楽になる気がした。

だから次からは、「よ〜し、今夜はとことん自分を憐れむぞ〜」ぐらいの気持ちで、自己憐憫を堪能して行きたい。